「夜空に開け、大輪の満開の花」
今年もお盆が終わりました。おしょらいさんも無事に
お帰りになられましたようです。で、この時期の花火大会
は、お迎えやお送りするのに火を焚くのと同じ意味があるとか。
夜空に開く満開の花が、向うにも届きますように、と
思いが篭められていると思いつつ。今回も「お盆ねた」
みたいです。
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「先輩も、今年の花火、ご覧になりませんか?」
後輩の花咲がそう切り出したのは、早朝の日課である
ところの、「朝顔のお世話」も終わる頃であった。
新人養成訓練所の施設の周りを、朝顔で取り囲む、
所謂「緑のカーテン」であるが、新人である花咲は、
これらのメンテナンスを、ほぼ一人で受け持っていた。
「緑のカーテン」として求められる効能のほかにも、
花数や葉の数、などを数えることによって、大気の
汚染状況などを知ることが出来る。通常ならばルーティン
ワークなのだが、他の惑星へ移住しようなどという、
極めて稀な環境である今、地道だがこの作業は決して
侮れるものではなかった。
他の主な仕事の妨げにならないよう、花咲は早朝から
この作業を行うのだが、ある朝のこと。
「私もお手伝いさせてもらいたいのだけど、良いかしら?」
先輩であるところの霧野嬢が、作業にかかるところの後輩に
そう問いかけてきたのである。
「先輩が、ですか?宜しいんですか?ご多忙なのに。」
「忙しいのはお互い様でしょ。後輩が時間をやりくりして
朝早くから頑張ってるの、先輩としては見過ごすわけには
行かないから。」
「良いんですか、本当に。嬉しいです。」
実際のところ、相当多忙である霧野嬢が、それでも
「遭えて首を入れたがる」事案というのは、かなりの
確立で「幼なじみの同僚で、今はエースパイロット」
関係のものであった。それが、後輩女子が行うところの、
一見地味な作業を自ら手伝う、というのである。それの
意味するものは、同じ部署の新人女子が決して知るところでは
なかった。
そして、晩夏を向かえ、今年度のデータ収集もひと段落つく
目星がついてきた、そんな時。花咲後輩は、ささやかながらも
感謝の意を持ってそう切り出してきたのである。
「花火って、この辺りのお盆の行事の、海辺の花火大会の
こと?」先輩、改めて後輩に念を押す。
「そうです。実はこの施設のあたりって、隠れた絶景ポイント
なんだそうです。いつもは関係者以外は厳重に立ち入り禁止ですけど、
この日だけ、関係者家族と近隣住民に限り、指定された区域だけなら入れる
とかで。」後輩、語る。
「そうだったのね。…今まで全然、気にも留めてなかったから。」
霧野嬢、振り返って見る。
確かに、今までは内外共にそのような余裕はなかった。所謂
「緊急事態」下に長い間居たようなものだから、仕方がない
といえば、そのとおりだが。
「こんな機会、滅多にないわね。…じゃ、お付き合いさせて
いただくわ。」
「本当ですか!? じゃ、浴衣準備しないと。」
「え、私、持ってないけど?別に、なくても良いけど。」
夏に浴衣。もしかしたら、母親が生きていた頃には着せて
貰ってたかも知れないが、もともと自分で着れる訳でも
なく、ましてやそういう環境とは程遠かったため、
霧野嬢には「手持ちの浴衣」なるものはなかったのだった。
「折角なんだから、浴衣着ましょう、先輩。私の友人で、
家がブティック、お母さんがデザイナー、お姉さんがモデルで
本人はスタイリストな子が居るんです。お父さんは、その筋で
かなり有名なカメラマンの来海氏っていう。彼女に頼めば、
先輩にお似合いなの、何から何まで面倒見てくれますから。」
「そんなに…良いの?」
「大丈夫です。その代わり、写真のモデルになっていただくこと
くらいにはなると思いますけど。」
商談成立。いろんな意味で、楽しみになった「当日」であった。
そして当日。
午後八時からの点火であるにもかかわらず、夕方は5時過ぎ
位から、施設周辺は近隣の見物客で賑やかに。施設側の
計らいで、ちょっとした夜店程度なものも出ており、
周辺は伝統的な
「日本の夏風景」そのものとなっていた。
「さ、早く行きましょう。先輩。いい所、知ってますから」
後輩が促す。
「ちょっと待って。そんなに急がないで。裾が絡んじゃう。
…こういうの、慣れてないんだから。」
普段はミニ丈のスカートの制服が多いせいか、浴衣の裾捌きに
なれていない霧野嬢。下駄の鼻緒がこすれるのも相まって、
いつもとは違う勝手に戸惑うも、「自称天才スタイリスト」
来海えりかが彼女に合わせてコーディネートした、
『薄桃地に一面に芍薬や蝶などが散りばめられた』
浴衣姿は、普段とは違う「彼女」を演出するのに十分で
あった。
「先輩、お似合いですよ。全く、えりかは相変わらず
こういうところは本当、凄いんだから。」そう言う花咲も
えりかのコーディネートで、濃桃色地に桜の柄の浴衣。
二人並んで、被らずに互いを引き立てるように、という
目論みは、とりあえず成功してるようだ。
見物客達も、老若男女問わず、浴衣が多く。惑星移民という
人類の歴史上類稀に見る一大事を間近に控えているのも
関わらず、ここだけみていると、この先何事も変わらないかの
如くであるかのようであり。
始まるまでは模擬店などで賑わっていた界隈も、日が沈んで
次第に辺りが暗くなり、いよいよ花火の打ち上げになった
途端、見物の衆は打ちあがる「大輪の花々」の美しさに
見入るように。そしてそれは先程の女子達も例外ではなく。
「夜空に開く大輪の花、って、こうやって昔からあるんです
よね。」花咲、先輩に語りかける。
「…そういえば、貴女、よく言ってるものね。
『宙に満開の花を咲かせたい』って。」先輩、答える。
既に「隠れ家的見物スポット」を友人周辺で押さえた
新人組であったが、生憎なことに、エースパイロット組が
「所用で」この場に居ないことに、彼女は多少の残念さが
隠しきれて居ない矢先ではあった。
「こうやって、夜空に打ち上げる花火の花も綺麗なんですが、
私は一瞬で消えるのではなく、もう少し長く咲かせていたいん
です。少しでも多くの『あちら側』の皆さんにみていただき
たくて。」後輩、続ける。
「自分独りではまだ叶わないのは、分かってます。けど、
目標に向かって諦めなければ、いつかは出来る、と思ってます。」
その言葉に、先輩、思うところあったらしく。
「その通りだわ。諦める前に、まずはやってみる、てこと。」
「私もそう思いますよ、霧野さん。貴女を撮るのを、諦めなくて、
本当に良かった。」いきなり、ナイスミドルが声をかけてきた。
「貴方、どちらさまですか?」驚きつつも、霧野嬢、相手を
確かめようとすると。
「えりかのパパさんじゃないですか?いつここへ?」
「ということは、貴方が、あの有名服飾写真家の来海先生
ですか?」女子組、それぞれに驚く。
「いや、娘に教えてもらってたんだけど。『ジャスダムの
美人オペレータの写真撮りたかったら』という事で。
…諦めずにやってきて良かったです。撮らせていただいて
宜しいでしょうか?」来海氏、早速の申し込み。
「先輩、撮って貰いましょうよ。折角浴衣なんだし。
こんな機会、見逃しては惜しいと思います!」
後輩も後押し。
「じゃ…私で宜しいんですか?」諦めずに、目標に向かえ。
そう肯定したばかりのところ、断るわけにも行かず。
後輩の手前、霧野嬢、にげる訳にも行かなかった。
そして、来海氏。間髪居れずに。
「ええ、勿論ですとも!」
<了>
季節柄、浴衣姿を書いてみたかったというのが本音だったりw。
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