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銀河鉄道999・最終回

「青春の幻影さらば999(後編)」

前編書いた以上はこちらも書かないと。

あらすじ的には、
・メーテルは鉄郎と協力し、初志貫徹して、「惑星メーテル」を
破壊。壊れ行く「惑星メーテル」から999で脱出する。

「惑星こうもり」にて、鉄郎と永遠の別れ。鉄郎は地球へ戻るが、
メーテルは「777」で、別の少年を導く旅に出る。

並び走る999と777.しかし、それぞれの行く道へと別れる。
「さらば青春の幻影。さらばメーテル。さらば999」

です。

メインは、「メーテルと鉄郎の自立物語」だったかと。
メーテルは、「母親」からの。
鉄郎は「青春の幻影としてのメーテル」からの。

いつまでも、「娘=子供=自分の庇護下=力なきもの」であることを
娘に強要していた女王・プロメシューム。
母親の言うことを聞いていれば、恐らくは永遠に保証されるであろう、
安寧な身分。

彼女が「機械化=永遠の生命」を否とする父親の意見に賛同する
ようになったのは、おそらく「これ」だけではなくて。

「一人の女性として成熟するのを妨げようとする」母親を排除したく
なったのも理由かと思われて。

「惑星メーテル」と、機械化人のユートピア?に娘の名前を付けたのも、
ある意味拘束のひとつかな、とも。

「貴女も共犯.逃げられない。」

今まで犠牲にしてしまった少年達への弔いの思いで着るようになった、
黒い喪服。
それが精一杯の「手向け」だったのが。

鉄郎と旅をすることで彼女もまた、「自分」に対して「勇気」をもつ
ようになり。

「自分の意志で」母親殺し=自立を果たす。

これからは、自分の意志。何もかも、自分に帰結するが。
怖くもあるが、それが「大人である」ということ。

初めてメーテルが「少女」であることが描かれた回でもありました。
鉄郎を始め、周りの人たちは彼女を「大人の女性」と捕らえて
ましたから。(視聴者も含めて)

ラストのキスシーンは、劇場版がかなり生々しいものであったのに
比べ、こちらは「ご挨拶」程度の印象。まだ鉄郎が思春期以前の
設定だったからかと思われますが。

「惑星メーテル」が無くなったのに、彼女は一体何処へ行くのか、と
言うのがやはり疑問ですがw、それは
「考えてください」なんでしょう。

それでも、鉄郎にとってメーテルは、
「初恋の人」=「青春の幻影」なのには変わりないので。

メーテルは、「そういう人生」を選んだ。

そういってしまえばおしまいですが、それも立派な覚悟かと。

リアではなく、大人になって見ることが出来て、本当に良かったと思いました。

そういえば、ジ・アルフィーの「メリーアン」

という曲がありますが、元ネタが「999」とかぶってるとか
聞いた覚えが。

ご参考までに。「クララの森」さんより

もっと分かりやすいのが、こちら。
「メリーアン・アルフィー・血盟へのあこがれ」

物凄く納得します。

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